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かばん産業  杞柳製品  但馬ちりめん  製畳  金属ばね  竹田家具  麦わら細工  出石焼


かばん産業 豊岡市では、江戸時代より発展していた杞柳産業を基盤に、大正末期から昭和にかけてファイバーかばんが製造され始め、昭和10年頃には当地の主産業となりました。
戦後、ミシン縫製の導入、オープンケースの考案、新素材としての合成皮革・ナイロン等の活用などの改革を行い、これらを素材とする鞄類の生産では国内有数の産地となりました。
商標法が平成18年4月に改正され、平成18年11月には、「豊岡鞄」が地域ブランドに認定されました。



杞柳製品 杞柳製品の製造は奈良時代に始まり、江戸初期に京極家が豊岡に移封されてから産業として確立され、名実とも「但馬柳行李」として全国的地位を確立しました。大正時代には海外にも進出し大きく発展しました。
現在は流行の基調変化、製作技術者の高齢化等により柳行李生産は減少していますが、バスケット類は民芸品として、また、ファッションが多様化したことから需要の増加が見込まれつつある。
平成4年には、「豊岡杞柳細工」として国の伝統的工芸品の指定を受けました。
平成19年3月には、「豊岡杞柳細工」が地域ブランドの認定を受けています。



但馬ちりめん 但馬の絹織は、今から約200年前の文化年間、但東町中山の地で始められました。その後明治の晩年から大正初期には技術の進歩改良に努め、従来の無地ちりめんから紋ちりめんに切り換え、機械による柄物の製織に成功したことが今日の但馬ちりめん産地を形成する礎となりました。また、大正12年には時の皇后陛下のご調度品のひとつとして宮家より羽二重織を、昭和11年には兵庫県知事より天皇陛下の献上品としてちりめん九重織が謹製され、また昭和37年には、兵庫県特産品指定を受けて織機の近代化を進めてきました。
しかし、最近「きもの」が高額化、着付けの難しさ、礼儀作法もあいまって、特に若者に敬遠されるのに比べ、ゆかたは気軽に簡単に着られることから、産地の技術を生かし絹と綿の複合織りをした「絹ゆかた」を完成させています。



製畳 但馬・日高町では、昭和初期からわら縄製品の生産が盛んになり、荷造り縄を中心に農協を窓口に年間67,500トンの生産を記録したが、ビニール製縄の出現により、昭和38年から縄メーカーが畳床製造業へ進出しました。
日高町の畳床はマンションや建売住宅向けが多く、現在大量生産体制を備えています。



金属ばね わずか数ミリの精密機器用スプリングや、複雑な動作も可能な特殊スプリングなど、様々な機械に使われ、あらゆる産業を支え続ける「ばね」。まさに工業国日本を支え、ハネ上げる存在だといえるでしょう。研究・開発・生産の集約化が可能な広く安価な土地と、気候風土が育てた職人気質あふれる労働力によって「ばね」は但馬の重要な地場産業としてしっかりと根をおろしました。
最近では、高度な成形技術を家庭用金属用品に活かすなど多角化の動きもあり、今後の発展がさらに期待されています。



竹田家具 竹田の家具作りの歴史は古く、今からおよそ約400年前、時の城主赤松広秀公が漆器作りを奨励し、神子畑に住んでいた木地師をよんだのが始まりといわれています。
天保末期頃より木製家具の生産技術を導入したのち幾多の変遷を経て、昭和30年頃から婚礼家具の産地として発展してきました。家具の製造工程でいくら機械化が進んでも、ひきだしなどの重要な部分は手作りにこだわる。そんな職人の一徹さが、使いこまれてこそ価値がわかる、美しくて丈夫な竹田の家具を作り出してきました。家具の本場・竹田では製造工場と直販店を両立させているところが多く、良い品をより安く買うことができると好評です。



麦わら細工 城崎麦わら細工は、江戸中期に因州(鳥取県)の者が湯治に来た際、麦わらを多様な色彩で染め、玩具に張り付け、浴客の土産としたことから始まりました。このアイデアが人々の興味を呼び、売れ行きがよかったため、いろいろな工芸品が考案されたものです。
今日ではひの模様は精巧な小筋模様のほか花鳥、山水図等もあり、工芸品としてその持ち味が高く評価されている。



出石焼 出石焼は、垂仁天皇時代に衣食住に必要な食器類を焼いたことから始まり、寛政元年、出石町谷山で白色原石を発見したことが現在の出石焼の基礎となり、白磁出石焼の名声を高めました。
明治35年アメリカで開催された万国博覧会において金賞を受賞しています。昭和55年には伝統的工芸品に指定されています。